ヴァイオリンの謎と魅力 応用化学科 富士川 計吉 |
1.古典ヴァイオリンの数々 ヴァイオリンの枝の部分の先端に刻まれている「渦巻一 部分をスクロールとよんでいる。これに続いて弦を巻き付けた小さな棒状のペグ(糸巻きの意),ノペグを固定させるべグボックス,そして弦を指で押さえる指盤を張り付けてあるネックからなっている。各部の名称を全部みていくと,ヴァイオリン全体は「人の体」に喩えられている。 国立音楽大学楽器資料館は,多数の古典型ヴァイオリンを所蔵している。その中で12弦ヴァイオリンが目についた。スクロールが人の頭部の彫刻になっている。昔の舟がへ先に人形をつけていたのを連想させる。しかも,ペグが12個,左右に6個ずつ並んでいる。12のべグは舟の両舷から突き出た「櫂」のようにも見えてる。あのヴァイオリンは「舟の 形」を表したものだろうか。 2.力棒の謎 ヴァイオリンの表側で大きな部分が,fの字を左右二つ刻み込んだ表板である。これはニカワによって側板に貼り付けけられているので,ナイフを使って,少しの隙間からこじ開けていくと,表板はパカッと外れる。全体として厚さ3ミリメートル内外の板の内側には,細い棒が縦に貼り付けてある。これをバスバー(力棒)という。表板の役割の重要さは大きなもので,ヴァイオリンの音の響きは先ず,この板の仕上がり具合によるといわれる。ヴァイオリンの善し悪しを評するときに,「太い,力強い音」を出せるヴァイオリンが良いとされ,特に最も細い弦から発する高音が注日されている。音楽音響学(音楽之友社)の著者,田辺尚雄氏のいう,「遠方でも美しくその音が透微して聞こえる」ヴァイオリンが追究されてきた。 平成11年2月21日午前3時15分,天寿を全うし静かに永眠された,元東大教授の糸川英夫先生は,東京大学生産技術研究所報告第3巻第1号に,「ヴァイオリンの製作に関する研究」と題する,20頁の論文を公表した。振動理論を駆使した実験データの豊富な,新型ヴァイオリンの試作と評価までを含んだ大作である。後に,これを噛み砕いて出版した,糸川英夫著,80才のアリア,ネコス(文芸春秋)がある。そこには,「要は,表板の厚さを薄くすれば高音が出るようになる。薄くなった分,補強のバスバーをもう一本増やせばいいのだ」と,改良のポイントを示してある。波動方程式によるヴァイオリンの振動様式解析の結果から,バスバーをつける場所を,表板の振動のノーダルライン(節線)上と選定し,世界に唯一つのヴァイオリン,「ヒデオイトカワ号」が誕生した。その結果は,「高音が驚くほどアップした」という。こうした物理学的手法による,ヴァイオリンの研究は諸外国が盛んなようである。ヴァイオリンの自然科学的な見方は,私にとっては親しみ易いのである。はたして,力棒は単なる補強材なのだろうか。 3.ヴァイオリン名器の謎 美しく,深い感情を込めているように聞こえるヴァイオリンの音色は,どのように作り出されるのか誠に興味深い。楽器の事典,ヴァイオリン(株式会社ショパン)の著者,今泉清輝氏は「音色について話題にするのはタブーであるらしい」という。何故だろう。このような短文ではとても語り尽くせない。 |
(ふじかわ・けいきち) |